スリクソンを擁するダンロップの歴史は古く、1888年のスコットランドまで遡る。獣医師のジョン・ボイド・ダンロップが世界で初めて自転車の空気入りタイヤを息子のために発明したことから始まった。
ダンロップ スリクソン ボール 使用 ツアープロ
歴史をつなぎながら 住友ゴム工業によってスリクソンブランドはつくられ、ゴルフボールに関する特許を数多く保有する。
2014年より、JGTO公式大会として「ダンロップ・スリクソン福島オープン」が開催されている。
スリクソン Z-STAR(9名)
スリクソン Z-STARを使用するツアープロ 9名をご紹介。
スリクソン Z-STARシリーズ最大の特徴は SeRM(セルム)と名打った新しいコーティング技術。Z-STARの特徴は ボールの形状復元、耐傷、耐衝撃、振動吸収に対する性能を上げてること。(Z-STAR XVも同様)
通常の分子のネットワーク構造(一般的なボールのコーティング模式図)
大きな力が加わると、ひも状の高分子が破断する。
SeRM®の分子のネットワーク構造(NEW スリクソン Z-STARシリーズのコーティング模式図)
大きな力が加わっても、架橋点が動くため、張力を均一に保つことができる。
スリクソン公式サイトより
松山英樹 | Hideki Mtsuyama
松山英樹 | 30歳 | 日本 |
日本 8勝 | メジャー 1勝 | PGA 7勝 |
2021年4月に日本人として(アジア人としても)初めてマスターズ優勝を遂げたのはまだ記憶に新しい。東京オリンピック2020(開催は2021年)では惜しくもメダルを逃したものの銅メダルをかけた7人によるプレーオフまでもつれ込む激闘を見せてくれた。
イ・ボミ | Bo-Mee Lee
イ・ボミ | 34歳 | 韓国 |
日本 21勝 | 韓国 4勝 |
19歳の2007年にプロ転向し、下部ツアー「ソンヒルゴルフクラブ」で初優勝。翌年2008年は 2勝。KLPGAツアー初優勝は 2009年の「Nefs Masterpiece」。2010年に3勝をあげ賞金女王、最多勝、最優秀選手賞、最小ストロークの4冠を引っさげ来日し、JLPGAのQTを通過。2011年から日本ツアー参戦。
2012年に「ヨコハマタイヤPRGRレディスカップ」で初優勝し、この年3勝をあげ賞金ランキング2位と好成績を残す。2017年には7勝をあげ初の賞金女王を獲得し、翌年は5勝で2年連続女王となりつつ 「11試合連続トップ5」、「年間平均最小ストローク(70.092)」、「14試合目で1億円突破」、「開幕から12試合連続トップ10」と、4つのJLPGA新記録を塗り替えた。
チェ・ナヨン | Na-Yeon Choi
チェ・ナヨン | 35歳 | 韓国 |
LPGA 9勝 | 韓国 8勝 |
まだアマチュアの高校生(17歳)で出場した2004年の「ADT-CAPSインビテーショナル」で、レジェンドのパク・セリに4打差で優勝という鮮烈なデビューを果たし、同年プロ転向。翌年2005年~2007年とコンスタントに1勝づつあげる順調ぶりで2009年から米国LPGAにも並行参戦し、すぐに「サムスン世界選手権」でLPGA初優勝。このときの2位が宮里藍。
2012年に「全米女子オープン」で世界メジャー初優勝。
全美貞 | Jeon-Mi-Jeong
ジョン・ミジョン | 40歳 | 韓国 |
日本 25勝 | 韓国 3勝 |
2004年、日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)のファイナルQT(クオリファイング・トーナメント)を通過し翌年の2005年から日本参戦。以来2020年まで16年連続一度も賞金シードを落としたことがない。現役女子プロの中では永久シードとなる30勝に一番近い選手。
小田孔明 | Komei Oda
小田孔明 | 44歳 | 日本 |
日本 8勝 |
22歳、2000年にプロ転向。3年間の下積みを経て、2003年(25歳)JGTOツアーデビューしたが、初シード権を得たのはプロ後7年の2007年(29歳)という苦労人。翌年2008年に「カシオワールドオープン」で初優勝の栄光を手に入れる。2009年に2勝、2010~2011年それぞれ1勝、2013年1勝、2014年2勝とコンスタントに結果を出す。
キム・ヒョンソン | Hyung-Sung Kim
金亨成 | 42歳 | 韓国 |
日本 4勝 | 韓国 3勝 |
2005年韓国ツアーでプロ転向し、翌年に「SBS LIGKPGA」で初優勝を遂げ、2008年には「SBSトマト貯蓄銀行オープン」、「SBSエース貯蓄銀行モンバートオープン」と2勝。2009年から日本ツアー参戦。
2012年から2015年まで、毎年1勝づつあげてるコンスタントプレーヤー。
稲森佑貴 | Yuki Inamori
稲森佑貴 | 27歳 | 日本 |
日本 2勝 |
ご存知「曲がらない男」の異名は 2015年~2019年と4年連続フェアウェイキープ率1位からきている。幼少の頃からゴルフ練習場を営む父に「とにかく真っ直ぐ飛ばせ」と、指導を受けた影響が大きいと思われる。
プロ転向は 2011年の高校2年生のときで、石川遼以来の最年少プロだった。初優勝までの4年間、ステディなゴルフで賞金シードをキープ。プロ8年目となる2018年(24歳)、初優勝がメジャー大会の「日本オープンゴルフ選手権競技」というのは 小田龍一以来、8人目の快挙。2020年には 2勝目も同じ「日本オープンゴルフ選手権競技」だったこともあり、「メジャー男」の別異名ももつ。
大山志保 | Shiho Ohyama
大山志保 | 45歳 | 日本 |
日本 18勝 |
賞金女王に輝いたことのある熊本女子ゴルファー四天王の一人で清元登子さん門下生(出身は宮崎県宮崎市)。高校2年生(1994年)で出場した「日本女子アマチュアゴルフ選手権競技」で優勝。大学時代も「日本アマチュア・マッチプレイ選手権競技(1997年と1999年)」、「日本女子学生ゴルフ選手権競技(1999年)」でも優勝したトップアマ。
2000年にプロ転向。シード権を獲った2003年、すぐに「ベルーナレディースカップゴルフトーナメント」で初優勝。2006年に5勝をあげ初の賞金女王と、史上初の1億5千万円超えを達成。
キム・ハヌル | Han-Eul Kim
キム・ハヌル | 34歳 | 韓国 |
日本 6勝 | 韓国 8勝 |
高校3年生の2006年にプロ転向。2008年に「フェニックスパーククラシック」で申ジエを抑え初優勝。この年あげた3勝のうち他2勝もアン・ソンジェやイ・ジョンウンを抑えての優勝だった。2011年、2012年と2年連続でKLPGA賞金女王。
2013年までに通算8勝し、2015年シーズンから日本ツアーへ本格参戦。同年の「マンシングウェアレディース東海クラシック」で初優勝。
2016年には 2勝、2017年は 3勝と好成績を残し、JLPGAシード権をキープ中。
パク・インビ | In-Bee Park
朴仁妃 | 34歳 | 韓国 |
日本 4勝 | LPGA 20勝 ・全米プロ 3勝 ・全米オープン 2勝 ・全英 1勝 ・リオ五輪 金メダル | 欧州 1勝 韓国 1勝 |
「全米女子プロゴルフ選手権」を2013年~2015年に3連覇、「全米女子オープン選手権(2008年、2013年)」を2勝、「全英女子オープン(2015年)」で1勝、「ANAインスピレーション(2013年)」で1勝、「エビアン選手権(2015年、2018年、2019年)」で3勝と、10度に渡るメジャー制覇を成し遂げた韓国の絶対女王。
スリクソン Z-STAR XV(10名)
スリクソン Z-STAR XVを使用するツアープロ 10名をご紹介。
松山英樹 | Hideki Matsuyama
30歳 | 日本 | |
日本 8勝 | PGA 5勝 |
日本が誇るPGAツアートッププロ。日本人プレーヤーとして数々の日本人初&史上初タイトルホルダーである。
2010年、アジアアマチュア選手権で日本人初優勝。2011年、マスターズに日本人初のアマチュア出場&初のローアマ獲得。2012年、日本人初の世界アマチュアゴルフランキング 1位。
2013年プロ転向し、「つるやオープンゴルフトーナメント」での2戦目優勝は史上最速。この年4勝し史上初のルーキーイヤー賞金王、16試合目に2億円突破も史上最速。同年、全米オープンで10位、全英オープンで6位のメジャー2戦連続トップ10位以内も日本人初。
2014年に米国PGAツアーへ本格参戦、5月の「メモリアル・トーナメント」で初優勝は日本人最年少の22歳。2016年に2勝、2017年の「フェニックス・オープン(2016年に続く連覇)」で、PGAツアー日本人最多となる4勝目をあげ、この年さらに1勝を積み上げ年間2勝。
圧巻の活躍を見せつけたのは 2016年10月に「日本オープンゴルフ選手権競技」と「HSBCチャンピオンズ」で2勝、11月は「三井住友VISA太平洋マスターズ」の優勝、2017年2月「フェニックス・オープン」の優勝と、5ヶ月の間に4勝という破竹の勢いだった。その結果2017年6月に世界ランキングは 2位まで登り上がった。もちろん日本人最高位である。2016年6月の全米オープンでは2位となり初めて涙を見せていた。
中嶋常幸 | Tsuneyuki Nakajima
中嶋常幸 | 68歳 | 日本 |
日本 48勝 | シニア 5勝 | 他 2勝 |
AON時代の一角を担ったレジェンド。通算48勝は 尾崎、青木に次ぐ歴代3位。1984年から1987年の間に出場したPGAツアー4大メジャー選手権すべてにトップ10以内の成績を残した最初の日本人でもある。
谷原秀人 | Hideto Tanihara
谷原秀人 | 43歳 | 日本 |
日本 14勝 |
東北福祉大時代に 中国アマチュアゴルフ選手権競技で3連覇を果たし(1997 – 1999)、大卒後2001年にプロ転向。2003年(24歳)の「マンダムルシードよみうりオープン」で初優勝。2016年まで順調に勝ち星を積み通算14勝。
もともと海外参戦志向が強く、2004年に米国PGAツアーのQTに合格するもこのときは腱鞘炎が悪化し、結果を残せず無念の帰国だったが、2018年~2019年の2年間をヨーロピアンツアーを主戦場とした(ベスト10以内は一回のみ)。
2020年からは日本ツアーに戻り、10月の日本オープン、11月のJTカップそれぞれ2位と、復調している。
高山忠洋 | Tadahiro Takayama
高山忠洋 | 44歳 | 日本 |
日本 5勝 |
元高校球児で和歌山県星林高校出身。1999年にプロ転向、2005年の「東建ホームメイトカップ」で初優勝。2010年の「サン・クロレラ クラシック」で5年ぶりの3勝目をあげ、翌年2勝し、通算5勝。2020年9月の「フジサンケイクラシック」で予選通過し12位と復調するも他は予選落ちと苦戦している。
藤本佳則 | Yoshinori Fujimoto
藤本佳則 | 32歳 | 日本 |
日本 2勝 |
祖父が経営するゴルフ練習場で子供の頃からクラブを握り、高校では「全国高校選手権」で優勝。東北福祉大在籍時の2009年「日本オープンゴルフ選手権競技」でローアマを獲得。
2011年にQT通過でプロ転向し、翌年に史上初のルーキーによる初優勝がメジャータイトル「日本ゴルフツアー選手権」という派手なデビューを飾り、翌年2013年に2勝目をあげるも以降は 優勝から遠ざかっている。
宮里美香 | Mika Miyazato
宮里美香 | 32歳 | 日本 |
日本 2勝 | LPGA 1勝 |
アマチュア時代に数々のタイトルを獲得しているいわゆる天才少女ゴルファー。
8歳からゴルフを始めて13歳(2003年)で出場した「第16回 ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント」でローアマを獲得(優勝は 不動裕理)し、JLPGAツアーへの出場権を得る。2004年(14歳)の同大会では セカンドアマ(ローアマは 諸見里しのぶ、優勝は宮里藍)。同年6月の「日本女子アマチュアゴルフ選手権競技」を大会史上最年少(14歳260日)で優勝。
2006年、2007年(16歳~17歳)は 「日本ジュニアゴルフ選手権(女子15~17歳の部)」を連覇。全米LPGAツアー「ホンダLPGAタイランド」にアマチュア選手として日本人初の招待出場で、ローアマを獲得。
高校卒業後の2008年(19歳)12月、全米LPGAのQTに挑戦し通過。そのままアメリカでのプロデビューとなる。2010年「日本女子オープンゴルフ選手権競技」にスポット参戦し初優勝(2013年にも同大会を優勝している)。主戦場としているLPGAでの初優勝は 2012年8月の「セーフウェイクラシック」(アメリカではこの1勝のみ)。
2018年から初めて日本を主戦場としているが、プロデビューから米国へ行ってしまったこともあり日本でのメディア露出が少ないのが少し残念なところである。タラレバだが、日本でプロデビューしていたら10勝以上していただろう。
横峯さくら | Sakura Yokomine
横峯さくら | 35歳 | 日本 |
日本 23勝 |
同い年の宮里藍と日本女子ゴルフを盛り上げた功労者の一人。横峯さくらもアマ時代から多くのタイトルを獲った選手の一人。
2002年には 「日本ジュニア選手権競技(15-17歳の部)」、「全日本サンスポ女子アマゴルフ選手権」それぞれに優勝。2004年にプロテスト2位合格、チャレンジツアーの「穴吹工務店レディースカップ」で初優勝、「LPGA新人戦 加賀電子カップ」でも優勝し、翌年のシード権を得る。
JLPGAツアーデビューとなる2005年は 「ライフカードレディス」でツアー初優勝、「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン」で2勝目をあげる。2006年、2007年は ともに3勝づつと順調に優勝数を増やしていき、2009年に6勝して悲願の賞金女王の栄光を手に入れた。
畑岡奈紗 | Nasa Hataoka
畑岡奈紗 | 22歳 | 日本 |
日本 5勝 | LPGA 3勝 |
現在の女子プロゴルフ界を大いに盛り上げている黄金世代(1998年4月~1999年3月生まれ)の筆頭である。なんと言っても2016年(17歳)にアマとして出場した「日本女子オープンゴルフ選手権競技」での優勝だ(2017年の連覇を含め3勝している)。本大会史上初となるアマチュア優勝のみならず、17歳263日は史上最年少大会記録となった。直後のプロ転向時の年齢も宮里藍の18歳110日を超え、日本人史上最年少。
2018年からは全米LPGAツアーにも参戦し、これまでに3勝をあげている。世界的プレーヤーとしてポスト宮里藍として期待がかかる。
笠りつ子 | Ritsuko Ryu
笠りつ子 | 34歳 | 日本 |
日本 5勝 |
9歳からゴルフをはじめた坂田ジュニアゴルフ塾門下生の一人で、同じ門下生として一年先輩に上田桃子がいた。2006年のプロテスト合格(3位)時、1位合格者は 同年の有村智恵など、デビュー当時は猛者に囲まれていたためか初優勝まで5年を要し、2011年の「ニトリレディスゴルフトーナメント」で勝利。2016年までに5勝をあげる。
前年賞金シードを消失していたなか出場した2019年「NOBUTA GROUP マスターズGCレディース」に参戦中、大会関係者に対する暴言事件で一時ツアー自粛。これがきっかけとなったかどうかなんとも言えないが、この年には賞金ランキング30位で2年ぶりのシードを得ている。プロゴルファーとしてのみならず、人間としてこれから彼女の真価が問われる。
片山晋呉 | Shingo Katayama
片山晋呉 | 48歳 | 日本 |
日本 31勝 |
言わずと知れた史上6人目に永久シード権を獲得した一人。他にこのシード権を持つ選手は 青木功(51歳)、尾崎将司(94勝)、尾崎直道(32勝)、中嶋常幸(48勝)、倉本昌弘(30勝)がいる。
SRIXON Z-STARのCM。音量に気をつけてご覧ください。
松山英樹✕スリクソン
スリクソンと言えば松山英樹ですね~。
スリクソン(Srixon)はダンロップスポーツ傘下のブランド。
住友ゴム工業が海外のゴルフ市場向けに1996年以来販売していたゴルフボールのブランドとして生まれ日本では1999年から国内販売が始まりました。
スリクソン・ブランドの名声はいまや世界的です。
スリクソンのゴルフボールに関わる特許取得数は世界一という、まさしくメイド・イン・ジャパンを代表するブランドのひとつ。
松山英樹の軌跡
スリクソンのゴルフクラブは2007年誕生なのでクラブメーカーとしてはまだまだ歴史が浅いですが、それを世界ブランドへ飛躍させた第一人者が松山英樹の活躍にあると言っても過言ではありません。
スリクソンのクラブが誕生した同年、松山英樹はまだ15歳の学生ゴルファーでした。
16歳で出場した2008年に全国高等学校ゴルフ選手権で優勝すると東北福祉大学時の2010年にはアジアアマチュア選手権で日本人として初優勝。
同年のマスターズに19歳で日本人初の最年少マスターズ予選通過者となりました。
翌2011年には20歳で日本人初のアマチュア出場権を得てマスターズに出場。見事ローアマチュア(これも日本人初!)に輝きました。
2012年には、世界アマチュアゴルフランキングで日本人初の1位になってます。本当に輝かしいアマチュア時代に実績をこれでもかというほど積み上げ、満を持してプロデビューしたのです。
15歳で高校生プロデビュー後、破竹の勢いで勝ちまくった石川遼選手とは対象的に、21歳までアマチュアを続けた松山英樹選手の地力が今の結果をもたらしてるのかも知れません。
スリクソンは松山選手がまだアマチュアだった時代からサポートしていたことは周知のことですが、現在スリクソンとスポンサー契約を結んでるツアープロは松山英樹やグレーム・マクドウェルの他、PGAツアーやヨーロピアンツアーなど世界中で40名以上にのぼってます。
スリクソン Z-STARの歴史
松山英樹がツアーで使用してる「スリクソン Z-STAR XV」が発売されたのが2011年。
発売当時は石川遼選手も使ってました。
「Z-STAR XV」の先駆けとなる「スリクソン Z-STAR / スリクソン Z-STAR X」が発売されたのが2009年。
世界のツアープロの要求に答えるボールとして開発され、現在ではアマチュアゴルファーの間でもその「飛びとスピンとやわらかさ」の三拍子そろったボールとして高い人気を誇ってます。
2021年2月5日、ニュースリクソン Z-STARシリーズが発売されます。